栄養パラドックス

肥満であればあるほど心血管疾患による死亡率が高くなります。しかし、
透析患者の場合、やせていればいるほど心血管疾患による死亡率が高く、
太っていればいるほど死亡率は低くなります。
これを透析患者の栄養パラドックスと呼びます。

糖尿病と診断され、腎機能が低下し、透析導入となった。
それぞれの局面で、食事療法は異なります。
糖尿病と診断されれば、炭水化物を制限するのは良いのですが、
透析導入となれば、透析で喪失するカロリーを補給しなければなりません。
腎不全となれば透析を避けるため蛋白質を制限しますが、
腎臓の機能を失い、透析導入となれば
低たんぱくでは死亡率ははね上がります。

透析導入となり、栄養指導では、カリウム、野菜・果物はダメ、
リン、肉、加工商品もダメ、塩分もダメ、水分もダメといわれると
食べるものがないではないかと嘆く患者さんも多く、
なんだかよくわからないけどご飯はたべないことにするわ。と
勘違いしてしまう患者さんも多いのですが、基本は単純で、

「減塩。ご飯を多めに食べる。カリウムとリンの高い食品を理解する」
でいいと思います。

減塩

減塩はゆっくりと行うことが成功のカギです。いきなり塩分を減らしてしまうと
食事が味気なく感じてしまい、リバウンドが起こるので、時間をかけて
塩分の一日摂取量を6グラム以下にすることを目指しましょう。

人は6週間で薄味に慣れるという研究があります。
人が必要とする塩分量は最低限1.5グラム、多く見積もっても一日3グラム。
WHOの推奨する一日の塩分摂取量は一日5グラム、
厚生労働省の目標とする塩分摂取量は男性8グラム、女性7グラム、
日本透析医学会では透析患者は一日6グラム未満、
実際には日本人男性は平均で一日11.1グラム、女性9.4グラムの塩分を摂取しています。
アメリカ人でさえ、一日6グラムであるのです。

以前、働いていたクリニックでは弁当が出たのですが、
驚いたことに透析患者さんのほとんどがふりかけを持参していました。
腎臓が悪い上に、食生活などの生活習慣があっての立派な透析患者なのでしょう。
透析患者さんの半数以上が味覚異常を訴えることも影響しています。

塩分を摂取すると→喉が渇き→水を飲み→血液量が増え→血圧が高くなります。
高血圧になるのは中年からというイメージがありますが、
日本人は20代から、30代、40代と直線的に血圧があがり、
中年となって症状が現れ、高血圧と診断されています。
できるだけ早く減塩をはじめ、その食生活に慣れることが重要なのです。

日本人は収穫のない冬季は味噌、漬物、干物など
塩漬けにした保存食で乗り越えてきました。
日本人の塩分摂取の20%が醤油、10%が味噌からです。
減塩のコツに調味料の入れ替えがあります。
醤油・ポン酢・ソース・めんつゆ・ドレッシング・ケチャップ・マヨ・酢
これらの調味料は塩分の多い順に並んでいます。
塩分量はそれぞれ大匙2.6―1.5-1.5-1.5―1.0-0.5-0.3―0 グラムです。
いつも使っている調味料を塩分の少ないものに入れ替えます。
サラダに普段ドレッシングを使っているならマヨネーズにします。
とんかつにソースをつけるのは避け、ケチャップにします。

普段使っている醤油の4割をすて、
みりんとお酢、昆布の粉末を補充してポン酢にすれば
それほど忍耐を必要とせず、減塩をすることができます。

料理をすればわかるのですが塩分はうまみをひきだします。
無添加の昆布、カツオ出汁の粉末を塩の代用とすることもよい方法です。
出汁は食後の満足度、満腹度を向上させることも知られています。
出汁を聞かせた麺つゆ、ポン酢の塩分は1.5グラム、抵抗なく醤油の代用とできます。

味噌汁は具沢山にします。汁物は基本的に塩分が多く、
具の量を増やせば塩分の多いスープの量が少なくなります。
カップラーメンは一個で5.5グラムの塩分を使用しています。
塩分量は醤油30ccに相当します。
調理時に使う塩を控え、香辛料入りのテーブルソルトで
食べる直前、食品の表面に塩を使うのも少量で満足感が得られます。
醤油はかけるのではなく、小皿にとって食品につけます。
わさび、カレー粉、胡椒、ショウガ、唐辛子、レモン汁、香辛料を使うことで
薄味ではものたりない食品にパンチを効かせることができます。

減塩を達成できれば水分制限も必要ありません。
血液のナトリウム濃度はだいたい140mEq/Lと常に一定に保たれています。
塩分をとっても、水を飲んでも血液の塩分濃度は一定なのです。
塩分を摂取すれば食後、喉が渇き、
水分を取れば塩辛いものが食べたくなるという仕組みです。
水を我慢することはできないので、塩分を制限すれば、水分を制限する必要もありません。

健康であれば塩分の多い、美味しい料理を食べたなら野菜も食べればよいのです。
野菜に含まれるカリウムは利尿作用があり、塩分を排泄します。
極端な減塩を行い、カリウム(野菜)をとらないより、健康的です。
しかし、腎不全となれば尿は出なくなります。
塩分濃度に応じて水分を摂取するのですから
透析患者に課せられた塩分制限、水分制限は単に塩分を制限すればクリアできるのです。

無尿であると、約8グラムの塩分を摂取すると1kg体重が増加します。
尿が出ているのならば100ml当たり、0.5gの塩分を体外に排出することができます。
少しでも残腎機能が残っていると食事制限にも有利です。

しかし、透析導入となった時点で高齢者でやせ傾向にある人は
塩分を制限することで、もともとない食欲が急減し、蛋白摂取量の低下、
筋力の低下、サルコペニア、寝たきりとなり、死期を早めます。
食塩摂取量は食事摂取量と関連しており、
年齢、体重、活動レベルを考慮する必要があります。
食欲のない高齢者に塩分制限を行う必要はありません。

透析1回でアミノ酸は7g、蛋白質40g、カロリーは200kcal失われます。
一年間で失うカロリーは28800kcalとなり、
フルマラソン12回で消費するカロリーに相当します。

透析による蛋白ロスがある上に
透析患者は慢性的に炎症状態にあり、尿毒症物質の影響もあって
蛋白が体から失われやすい蛋白異化亢進状態であるため、
透析患者はやせやすく、それが抵抗力の低下、生命予後の低下につながります。

「減塩、ご飯を多めに食べる。カリウムとリンの高い食品を理解する」

ご飯を多めに食べる。というのは透析によって失われるカロリーを補うためです。
ご飯はカリウム、リンが少なく、カロリーを補い、満腹感を得られます。
糖質はエネルギーとして利用されると炭酸ガスと水になりますが、
蛋白質がエネルギーとして利用されると尿素窒素(BUN)を生じ、
血液中に老廃物としてたまります。充分な糖質をとることで
蛋白質は「エネルギー源」として使われるのではなく、
「体を構成する」ことをメインに使いたいのです。

糖質のうち、体がエネルギー源とて利用できるのはグルコース(ブドウ糖)だけであり、
砂糖(シュクロース)や多糖類、穀物・米(デンプン)は
体内でグルコースに分解されてから利用されます。
食物繊維は消化、分解できない糖質の一種であり、
食物繊維と糖質をあわせて炭水化物といいます。

過剰な糖質はグリコーゲンとして体内に蓄えられ、
必要なときグルコースに分解され利用されます。
過剰な糖質は肝臓でトリグリセリドに合成され、
脂肪として体内に蓄積します。

ご飯を減らせば、おかずの量が多くなります。
塩分、リン、塩分の量も多くなってしまいます。
しかし蛋白質を摂取することは重要です。
免疫はタンパク質からできています。体をつくるのも蛋白質です。
透析患者さんはリンの少ない蛋白質を選んで摂取しなければなりません。

リンの高い蛋白は制限するようにします。
ハムやソーセージ等の屑肉を保存料と添加物で固めたものは
リンが高いため基本止めます。クリーム、牛乳も高いです。
ピーナッツ、クルミ、カシューナッツ、卵黄、チーズも注意。

リンの低い蛋白として鮭、大豆、豆腐、ツナ、
さらに低いものに豚しゃぶや鳥モモ、胸肉、タラ、牛肉、ラム肉。
特に低いものは卵白です。卵黄だけ捨てるのは残念ですが
スープや炒め物に工夫して使うといいかもしれません。
リン/蛋白比の低いもの、リンの低い蛋白質を選びます。

食事によって摂取された蛋白質はアミノ酸に分解され、アミノ酸が全身に運ばれ、
我々の身体を構成する蛋白質になります。(蛋白合成)
そして体を構成し利用された蛋白質はまたアミノ酸に分解され、
アンモニアに変換され、肝臓で無毒化、
最終代謝産物であるBUNになり排泄されます。(蛋白異化)

蛋白質は筋肉として貯蔵され、食事で必要量を賄えなかった場合、
体は筋肉を分解して血液中にアミノ酸として放出します。
これが「やせ」です。蛋白質の貯蔵は筋肉の重要な役割です。
急激な「体重増加」や「やせ」がない限り蛋白合成速度は蛋白異化速度と等しく、
蛋白合成速度は蛋白摂取量に等しいためPCRは栄養状態を表す指標として利用されます。

PCRの単位は「g/kg/日」。一日の体重あたりの蛋白質摂取量です。
透析患者のPCRの目標値は0.9~1.2 g/kg/日です。
これは蛋白質の必要摂取量より多い値なのです。
透析で蛋白質が抜け、異化の促進する透析患者さんは
蛋白質を多めに取らなければならないのは当然のことです。
日本人の平均的な蛋白質摂取量は1.2~1.6g/kg/日といわれます。
一日の必要量は1.0g/kg/日ですので、蛋白質は透析を受ける人にとって
リンにさえ気を付ければ制限するものではないことがわかります。
また、腎不全ステージG3b以降、
透析導入前の患者さんの食事は0.6~0.8g/kg/日が推奨されています。