薬害エイズ事件

1984年、血友病患者2人が日本国内ではじめてエイズを発症、
厚生省エイズ研究班の班長であった担当医が受け持ち患者を調べたところ、
21名のHIV感染を確認しました。しかし、厚生省はこれを公表せず、
翌年にアメリカ留学中にHIVに感染し、治療目的で日本に帰国した
同性愛者の男性を日本のHIV第一号と大々的に発表しました。

血友病は血液中の凝固因子が欠損する遺伝病です。
多人数の売血から抽出された凝固因子、「血液製剤」を使用する血友病患者に
HIV感染が認められることからアメリカでは注意喚起がなされており、
1983年にはアメリカの製薬会社はすべての非加熱製剤の回収を行っていました。

日本人HIV第一号は大きく報じられ、対策の遅れた厚生省は
エイズとは自業自得の性病であるという印象づけに成功しました。
日本では血友病患者の4割、1800人が感染してしまいました。
その半数以上が17才以下の子どもたちでした。
1984年の血友病患者の感染から日本国内の累計HIV感染者は増え続けています。

2020年までの90-90-90目標

2018年で日本国内の累計HIV感染者は約30000人、2018年の感染者は約1500人、
日本国籍は800人、外国籍が150人、2割が異性間、8割が同性間の感染です。
85%が国内で感染したもので、感染の報告の5割が関東甲信越であり、
都道府県別では東京、大阪、沖縄、岡山、愛知が上位5位となっています。

HIVウイルスは免疫を担うCD4+T細胞に感染し、破壊します。
HIVは感染から2-6週間の急性感染期、10年程度続く症状のない無症候期、
免疫不全を起こすAIDS期に分かれ、この間、ウイルスは増え続け、
CD4の数値は徐々に低下していきます。


CD4の数値は正常700~1300/μL、200/μLを切るとAIDS、免疫不全と診断されます。
感染者の3割がAIDSとなってから感染が判明しています。
つまり診断は遅れており、報告される感染者数は実際のごく一部であることがわかります。
CD4数は感染者の免疫状況を表し、HIV RNA数はHIVの進行速度を表します。
抗HIV療法(ART)は500/μLを切ると開始されました。

治療は進歩しています。以前はCD4の値が下がってから治療が開始されましたが
現在では感染が判明するとすぐに薬の服用が開始されます。
ARTが早ければ早いほど予後がよく、感染者のパートナーへの
「感染リスクはゼロ」とCDC・アメリカ疾病予防管理センターは宣言しています。

もちろんこれはちゃんと治療を受けた人の予後です。薬の飲み忘れ等、
治療のコンプライアンスが悪ければウイルスは薬に抵抗性をもちます。
早期に発見し、早期に服薬を開始し、服薬を継続し、
合併症がないHIV患者の生命予後がよくなっているのです。

世界保健機構ではHIV対策として「90-90-90」という目標を定めました。
一つ目の90は感染者の90%が検査を受けて自分の感染を知ること。
二つ目は感染を知った後、90%がHIVの治療を始めること。
三つ目は治療を始めた人の90%がHIVの治療を継続すること。
つまり、ウイルスを検出できないくらい抑えることを意味します。

この3つの90を達成できた地域は感染の広がりを抑え込むことが出来るとされ、
90-90-90」の取り組みが始まっています。自己申告制なのですが、
数か国が90-90-90を達成しており、HIVの撲滅は手の届くところにあるのです。

医療費の高いアメリカではHIVの治療を継続できる人は25%、一方日本は99%です。
アメリカと比べ、日本では二つ目の90、三つ目の90は良い成績なのですが、
最初の90、自身のHIV感染を検査で把握できていないこと、
そしてそれ以前に、予防薬を承認しないことにも問題があります。

HIV・偏見、差別、無知


過去のHIV啓もうポスターでは全裸で巨大な十字架を背負う青年、
パスポートで笑顔を隠し、海外に遊びに行く男性のイメージが使われました。
エイズは薬害ではなく、自業自得な性病であると宣伝したのです。
厚生省はHIVを輸入していた事実を隠すように恐怖と偏見をあおりました。
偏見は感染者を地下に潜らせます。

86年、長野で売春をしていたフィリピン人が、87年、神戸で風俗の日本人女性が死亡し、
エイズパニックが起こりました。週刊誌は葬儀に潜入、感染者の実名を報道し、
感染者の診察、入学の拒否、感染不安の自殺者が出るなどの騒動となったのです。
就職時のHIVの無断検査、病院から職場への無断告知、感染を理由とした解雇・
採用の取消し、診療拒否は後にすべて不法行為との賠償判決が下されています。

世界で最もHIVの抑制に成功した国として知られるウガンダのポスターでは
大学を卒業し喜ぶ青年が描かれ、抗ウイルス薬を定期的に飲みましょう、
夢をもち、人生を選択せよと謳っています。
ウガンダでは1992年のHIV感染率30%から、2006年には6.4%と対策に成功しています。
しかし近年、同性愛者、ポルノを厳しく取り締まる法律が成立し、
HIV感染者数は増加に転じています。

2018年の東京都のHIV感染者、エイズ発症者の報告者数は感染者が351人、
発症者が71人でした。エイズを発症して初めて感染を知る人が17%、
この数値はここ10年、横ばいです。
東京ではエイズ検査の施設、情報、対策に恵まれていますが
感染を知らないHIV感染者は地方に限ると40%と見積もられています。

2016年、福岡県で新規に報告されたHIV感染者は46人、エイズ発症患者も46人、
福岡で「感染を発症で知る人」は半数の5割と突出しています。
韓国、中国、台湾、香港でも感染者は急増しています。
北九州でも感染者数は過去最多を記録しており、
全国的にも突出して「感染を知らないHIV感染者」が潜在していることがわかります。

日本での「90-90-90」の達成には、
HIV感染症が自分たちの健康問題であるという認識が広がることが必要です。
病院で、保健所の検査で、HIVの検査がどのように行われるべきなのか。
どのように行われていれば抵抗なく、利用しやすいのか。
自身が快適に、安心して、不平等なく、恥じることなく、
自主的に、受け入れられやすいように行われるよう、
改善しなければならないと要望を出し、声をあげることが重要です。

曝露前予防内服・PrEPプレップはツルバダまたはデシコビを一日1錠服用するものです。
HIV感染を99%防ぐことができるといわれています。
日本では予防薬に薬事承認が下りませんので月11万程の自己負担となります。
海外からの個人輸入では月3000円程ですので利用者も増えています。

透析室とHIV

日本のエイズ治療の拠点は国立国際医療センターの
エイズ治療・研究開発センターに置かれています。
国内を8つのブロックに分けたブロック拠点病院、ブロック内の中核拠点病院、
拠点病院、保健所とピラミッド状の体制がとられています。

HIV恒久対策

ブロック拠点病院の目的は治療の地域格差を解消するためのものですし、
中核拠点病院が置かれたのはブロック拠点病院だけでは患者の増加に対応できないためです。
エイズ治療・研究開発センターの設置は薬害エイズの和解条件によるもので
恒久対策の一環としてHIV感染症の医療水準の向上を図ることにあります。

エイズ治療拠点病院の目的は情報の収集・教育、重症の患者に専門的な医療を提供するものです。
エイズの診療における基本的方針は地域の医療機関で一般的な診療を行い
重症の患者に専門的な医療を提供するのがエイズ治療拠点病院なのです。
しかし、多くの医療従事者がHIV感染者はエイズ拠点病院に紹介するものと勘違いをしています。

透析施設へのアンケートでは回答のあった半数の施設が
HIV感染者の透析患者を受け入れないと回答し、
その理由として「スタッフの理解が得られない」、
「風評被害が心配」、「他の患者への感染が心配」との理由を挙げています。

患者さんに使った針を誤って刺してしまう針刺し事故における感染率は、
HIVで0.3%、C型肝炎は3%、B型肝炎は30%といわれています。
厚生労働省科学研究では1996年から1999年の間、
C型肝炎陽性患者に使用した針にて医療従事者がリキャップ等により
誤って受傷した針刺し事故は7708件、感染が28件とのデータがあります。
針刺し事故は病院では日常の出来事なのです。

C型肝炎に感染し労災認定された医療従事者は平成5年から7年間で
医師39名、看護師307名、その他38名。
C型肝炎は現在では完治する感染症とはいえ、これはごく一部でしょう。
報告されてない件も含め、針刺しを自覚しない例もあります。
医療従事者は2人に1人が年に一回針刺し事故を起こすといわれています。

針刺し事故や、目に血液が飛んだなど暴露事故の後、流水でよく洗い、
PEP、ペップ(暴露後予防措置:post exposure prophylaxis)を行います。
PEPは抗ウイルス薬、ツルバダ(TDF/FTC)とアイセントレス(RAL)を服用するものです。

150万人以上のHIV感染者のいるアメリカでも、イギリスでも2000年以降、
医療機関でのHIVの職業暴露感染は起きていません。
2000年以前のデータも、職業感染が疑わしい例が含まれています。
また先進国では透析室で他の患者へのHIV感染は起こっていません。


アメリカでのHIV職業暴露感染人数


治療の進歩により慢性疾患となったHIV感染者は依然増え続けています。
感染者の3分の1が蛋白尿が見られ、投薬により腎臓はダメージを受けます。
透析を受けるHIV感染者は今後も増えていきます。

感染症に対する知識があり、患者の個人情報を守り、標準予防策を行えば
「スタッフの理解が得られない」、「風評被害が心配」、「他の患者への感染が心配」
などという心配はする必要はないのです。

「HIV感染と透析」というダブルの苦痛は
透析という仕事をしているスタッフであれば当然理解できるはずですが
透析施設の半数が治療を拒否するなど、依然、偏見、差別、無知が根強いのが現状です。